今月の研究者

玉田 有

玉田 有

【キャリア】
 2005年に岡山大学医学部を卒業し、東京都立松沢病院で初期研修、兵庫県立光風病院と神戸大学医学部附属病院で後期研修を行いました。伝統のある公立精神科病院で、精神科臨床の基礎を学べたことは、その後のキャリアを進める上で大きな力になりました。松沢病院では、針間博彦先生から記述精神病理学の重要性をご教示いただき、神戸では岩尾俊一郎先生をはじめとする卓越した臨床家の先生方から、臨床の作法を教えていただきました。中井久夫先生から直接ご指導を受けられたことも、貴重な経験です。
 研修修了後、精神病理学を専攻したいと考えていたところに、大前晋先生からお誘いを受け、2011年から虎の門病院精神科の医員になれたことは、私にとって僥倖でした。虎の門病院精神科は、精神病理学のメッカであった東大分院神経科の流れをくみ、大前先生をはじめとして、先代部長の松浪克文先生、熊崎努先生から、ご指導を受けられる環境にあったからです。旧本院の建物で患者さんの診療に奔走しながら、大前先生から膨大な知的刺激のシャワーを浴び、精神病理学を思いきり吸収することができました。また、研究のために、多くの歴史的文献を参照する必要がありましたが、その点においては、虎の門病院に併設されている素晴らしい中央図書室と、仕事帰りに立ち寄れた国立国会図書館に助けられました。しっかりと一次資料に当たり、過去に提唱された優れた学説を参照することで、目の前にいる患者さんの精神病理を考える手法を、大前先生から教えていただきました。
 2017年からは虎の門病院分院の診療責任者となり、2019年からは医長を拝命し、現在に至っています。
 また、2017年からは、うつ病の実証的な臨床研究を学びたいと考え、東京医科大学精神医学分野の社会人大学院に入学し、井上猛先生のご指導のもと、メランコリア(内因性うつ病)の主観的症状に関する臨床研究で学位を取得しました。この研究では、科研費と冲中記念成人病研究所の研究助成を受け、日本精神神経学会学術総会の優秀発表賞を受賞することができました。

【研究分野】
 精神病理学を専門としています。内科や外科と違い、精神医学は、形のない「心」を扱う領域です。どのように患者さんの心の状態を把握するのか、そして何をもって病気とするのか、について身体医学とは異なる考え方が必要です。他者の心の状態を把握するためには、こちらの主観的な感覚が重要になるため、精神病理学は評価者の主観を重視します。しかし現代における「制度化された科学」のもとでは、そのような主観に基づく方法は再現性に乏しく、科学的ではないとされてしまうこともあります。私は、精神医学が医学の一分科である以上は、一定の科学性を備えている必要があると考えており、評価者の主観的感覚を重視する精神病理学と、それをできるだけ排除しようとする科学的研究を、どのように両立させればよいのか、という問題意識を持って研究を進めています。
 精神障害の類型としては、うつ病や双極性障害といった気分障害、カタトニアの病態を主に研究しています。「うつ病」とひとくちに言っても、そのなかには、さまざまな病態が含まれます。古くから、うつ病は、メランコリア(内因性うつ病)と非メランコリア(神経症性抑うつ/反応性抑うつ)という2つの病態に大きく分けられると言われていますが、まだその区別には決着がついていません。しかしこの区別は、患者さんの治療方針にも直結する問題でもあり、非常に重要です。虎の門病院精神科には、内因性うつ病研究の蓄積があり、私もその伝統に学びながら、精神病理学研究、概念史研究、実証的な臨床研究などの多面的なアプローチで、メランコリア(内因性うつ病)の病態に迫りたいと考えています。
 2022年度からは、科研費(基盤研究C)の助成を受け、非メランコリアのひとつである、デモラリゼーションの病態について研究をおこないます。

【今後の抱負】
 脳科学が発展し、精神医学でも生物学的アプローチによる研究手法が注目を集めています。しかし精神の病理が、患者さんの人生や社会のあり方にも影響を受け、患者さんの言葉や社会的行動を介して表現される以上、精神の側から病理を探究する学問は必須であると思います。精神病理学は、哲学や芸術などの文系領域とも深い関連をもつ学術分野で、それはそれで大きな魅力なのですが、肝心の精神医学のなかで、精神病理学の重要性が低下しつつある懸念をもっています。
 医学としての精神病理学、科学としての精神病理学が、どのようにあるべきかということを考えながら、微力ながら、精神病理学を発展させていきたいと考えています。今後も、臨床に根ざした研究に邁進する所存です。

【研究助成】
2019年度 冲中記念成人病研究所 研究助成
2019年度〜2021年度 日本学術振興会 科学研究費助成事業(若手研究)
2022年度〜2025年度 日本学術振興会 科学研究費助成事業(基盤研究C)

【受賞】
2019年6月 日本精神神経学会学術総会 優秀発表賞(第115回学術総会部門)
2022年3月 2021年度 虎の門病院 指導医オブザイヤー

発表・論文

【論文】(筆頭著者のみ)

1. 玉田 有:内因性うつ病を「実証的に」考える. 精神神経学雑誌 123:816-823, 2021

2. Tamada Y, Inoue T, Sekine A, Toda H, Takeshima M, Sasaki M, Shindome K, Morita W, Kuyama N, Ohmae S:Identifying subjective symptoms associated with psychomotor disturbance in melancholia: a multiple regression analysis study. Neuropsychiatr Dis Treat 17:1105-1114, 2021

3. 玉田 有:うつ病の軽症化問題とは何か―執着性格論の変遷を中心に―. こころと文化20:60-68, 2021

4. 玉田 有:米国精神医学における「統合失調症」概念(Bleuler, E.)の盛衰. 臨床精神病理 41:129-139, 2020

5. 玉田 有:悪性カタトニア. 精神科治療学 第34巻増刊号:11-13, 2019

6. 玉田 有, 井上 猛, 大前 晋:精神運動障害によるメランコリア(内因性うつ病)の鑑別 ―日本語版CORE尺度の紹介. 精神医学 61:971-981, 2019

7. 玉田 有:Demoralizationとはどのような概念ですか? Depression Journal 7:22-23, 2019

8. 玉田 有:日本の「うつ病」概念は独特か ―現代の英語圏精神医学におけるメランコリア論と比較して―. 精神科治療学 34:11-16, 2019

9. 玉田 有:カタトニアにおける両価性を拒絶症から読み解く ―Bleuler, E.の緊張病論―.精神科治療学 33:711-716, 2018

10. 玉田 有:執着性格論(下田光造)の構成過程に関する考察―森田正馬による精神病質論と比較して―. 精神神経学雑誌 120:11-24, 2018

11. 玉田 有, 大前 晋:慢性うつ病の臨床におけるdemoralization概念の重要性―患者を励ます時機と自殺への配慮. 臨床精神医学 46:607-612, 2017

12. 玉田 有, 熊崎 努, 大前 晋:妄想性障害に対する精神療法可能性を考える 敏感関係妄想(Kretschmer)の老年女性例. 臨床精神医学 44:1237-1243, 2015

13. 玉田 有, 大前 晋:大うつ病性障害に「励まし」は禁忌か―Demoralizationという概念とその有用性―. 精神神経学雑誌 117:431-437, 2015

14. 玉田 有, 大前 晋:英語で読むヤスパース―英語圏精神医学における『精神病理学総論』の位置づけ―. 臨床精神医学 43:207-215, 2014

15. 玉田 有, 大前 晋:非定型うつ病. 臨床精神医学 40(増刊):196-198, 2011

16. 玉田 有, 平田 尚士, 白井 豊:兵庫県立光風病院における静脈血栓塞栓症の予防ガイドライン―単科精神科病院の取り組みとして. 精神科治療学 25:1503-1508, 2010

【書籍】

玉田 有:精神科シンプトマトロジー:症状学入門 心の形をどう捉え,どう理解するか

(分担執筆, 各論「カタトニア」「昏迷」「反応性」「メランコリー」) 医学書院, 東京, 2021

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